井上玲 ドローイングプロジェクト 「Vote for Peace」 @ ニューヨーク大学

渡辺真也


私は2004年の10月19,20日の二日間に渡り、ニューヨーク大学にて井上玲氏のアートイベント「Vote for Peace」をオーガナイズした。アーティストの井上玲氏は、竹村延和氏のアルバム「ほしのこえ」のジャケットのイラストを手がけたアーティストである。

このイベントの趣旨は、彼女が「平和の為に投票する」と同意してくれた参加者の似顔絵を書くというもの。似顔絵を書く為に約15分ほどかかるのだが、その間に彼女が「アメリカの外交政策が世界の未来を変えてしまう。ですから、平和の為に投票に行って頂きたい」と話をするというものである。

彼女は前回の参議院選挙の際に渋谷の路上で250人の似顔絵を書いたのだが、今回のイベントでは、アメリカ大統領選を直前に控えた2日間で25名ほどの似顔絵を書く事になった。


ニューヨーク大学の対応


まず関心したのが、ニューヨーク大学側にこの提案をした2日後には、会議を開いて大学側のオフィシャルイベントとして受け入れてくれた事である。突然来た見ず知らずのアーティストに大学構内のスペースを使わせてくれる、というのはニューヨークのとてもスピーディーでリベラルな面を見せられた気分だ。フライヤーも私が作ったものを大学側が編集し、大学のオフィシャルイベントとして行ってくれた。この決定の迅速さとフレキシビリティは日本の大学ではまず無いのではないだろうか。

またこの企画を受け入れてくれた理由の一つとして、近年若年層での政治的無関心に教授が危機感を持っている、という事が挙げられる。ベトナム戦争世代の人達が今のアメリカでは教授をしている訳で、彼らの方が政治的には学生よりもリベラルという逆転現象が起こっている。だから、教授たちはこういった学生に刺激を与えてくれそうなアクティブなイベントを歓迎してくれるのだ。


参加者たち


また、会期中も大学内で仕事をしている事務の方、教授、警備の方なども参加し、とても和やかで賑やかな空気の中進行する事ができた。参加する人達のバックグラウンドも様々で、アトランタの保守的軍人の家庭からやって来た女性から、マカオ生まれの中国人、ロシアから7歳でアメリカへ渡った移民、オハイオから来ていた平和活動家など様々であった。また大学の授業の一環として「アート&アクティビズム」と「デザイン」のクラスが、このイベントに来てくれた。参加者の多くが、このイベントを楽しんでくれた様に思う。

驚いたのが、イベントの最中、井上さんがイラクで使用された劣化ウラン弾の話をしたのだが、学生や教授を含む参加者全員がその事実を知らなかった事だ。劣化ウラン弾(Depleted Uranium Weapon)という言葉そのものを知らない人がほとんどであり、アメリカにおける戦争報道の杜撰さを垣間見た気分であった。(その根底には、アメリカ国内で広島、長崎の被爆について全く教育しないという教育システムの問題があるのだが)その話をできただけでも、今回のイベントには意味があったと言えるのではないだろうか。

 

また多くのアジア系アメリカ人が好意的に受け入れてくれた事が特筆に価する。やはりアメリカでは、私達の様なアジア人がイベントをやっていると、必然的にアジア人が好意的に迎えてくれるのである。みんな、マイノリティとしての苦労が分かるのである。


沖縄国際大学からの学生


イベント2日目には、米軍ヘリ墜落事故の惨状を訴える為、コロンビア大学でのシンポジウムに参加していた沖縄国際大学にて平和学を学んでいる学生2人が参加してくれた。19歳と20歳になる彼女たちは、同世代のニューヨークの学生たちが在外米軍基地問題についてどう思っているかについて話をする機会が設けられた事で、とても良い機会になったと思う。ニューヨーク大学の学生の内、「沖縄」を知っている人は半分ほど。そして、沖縄が72年までアメリカの領土であった事、そして今でも沖縄に米軍基地がある事を知っている人となるとごく一部である。またニューヨークの学生は、同世代である彼らの話をとても親身に聞いてくれた様に思う。やはり当事者が現地に行って話をする、というのは効果があるのかもしれない。また新聞、英語版パンフレット、平和への寄せ書きやジュゴンの写真など多くの沖縄と基地に関するビジュアルデータを持ってきたのが良かったのかもしれない。


反省点


このイベントの会場がニューヨーク、しかも美大であった為、元々リベラルな人達ばかりが来てしまい、保守層や無関心層を取り込むのに限界があった点が挙げられる。しかし保守層や無関心層を取り込むのは、そんな簡単な事ではない。ニューヨークの雑踏で15分もマイノリティの声に耳を傾ける保守的お人よしなどいないだろう。

また井上さんの英語がつたない為、私が通訳を勤めたのだが、やはり通訳を介してのコミュニケーションだと1対1のコミュニケーションの可能性が閉じられてしまった感があった。また井上さんはアメリカ的なコミュニケーションに慣れていない為か、そこでも少しすれ違いが生じてしまった所がしばしば見受けられた。翻訳ではなかなか実現しない、コミュニケーションそのものの難しさを感じた。

 

また最後に、この企画に惜しみない努力をしてくれたニューヨーク大学講師の砂入博史さんに感謝します。ありがとうございました。


PS:井上玲氏の今回のイベントに関するレビューが週間金曜日に掲載されます。興味のある方はご覧になって下さい。

 

(C)Copyright Shinya Watanabe

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